本論文は、2009年8月から2011年9月までの2年間の事後検証作業データをもとに、MPSSスコアによる搬送後のtPA静注療法施行予測価値を報告しています。
 マリア病院前脳卒中スケール(Maria Prehospital Stroke Scale;MPSS)は,シンシナティ病院前脳卒中スケール(CPSS)の診断精度を温存しつつも地域に存在する多彩な脳卒中医療資源を効率よく利用するツールとして開発された病院前トリアージスケールです(表1).

  CPSSは顔、腕、言葉の3項目の異常の有無を救急隊が評価し、1つでも異常がある場合を脳卒中と診断する方法で、世界中で広く利用され、救急隊が行った場合の正診率は約7割とされています。MPSS も顔、腕、言葉をチェックしCPSSと同様の診断精度を持ちます(ROC曲線下面積:0.737)が、脳卒中重症度を加味して0から5点で評価されますので実際に病院に搬入された時の医師による重症度評価(NIH Stroke Scale)とも相関があります(図 1)。

図 1

 MPSSスコアと救急搬送依頼を受けて病院に搬送されるまでの時間(覚知-病着時間、Detection-to-door time)、患者や家族がおかしいと気づいた時から病院に到着するまでの時間(発症-病着時間、Onset-to door time)を見ると、救急隊が電話を受けて病院に運ぶまでの時間はMPSSスコア(重症度)により変わりはありませんが、発症病着時間は軽症例では長く重症ほど短いことが明らかになりました(図2)。

 MPSSスコアと救急搬送依頼を受けて病院に搬送されるまでの時間(覚知-病着時間、Detection-to-door time)、患者や家族がおかしいと気づいた時から病院に到着するまでの時間(発症-病着時間、Onset-to door time)を見ると、救急隊が電話を受けて病院に運ぶまでの時間はMPSSスコア(重症度)により変わりはありませんが、発症病着時間は軽症例では長く重症ほど短いことが明らかになりました(Figure2)。
 すなわち、軽症例では市民自らがすぐに緊急受診行動をとることができていない実情が判明し、世界で推奨されている「ACT-FAST(顔腕言葉ですぐ受診)」の市民啓発の重要性が示唆されました。

図2.

MPSSの脳卒中診断精度はCPSSと同様で約7割当たりますが、逆に言えば3割外れることを理解しておく必要があります。以下は同論文に掲載したMPSSスコア毎の来院時臨床診断との関係です(Figure3)。MPSSスコアが低いほど非脳卒中を含む率が多くなります。逆にMPSS=0でも脳梗塞が40%以上含まれます。これはMRIなどで小さな脳梗塞が発見されることによるもので、CPSS同様3割外れる所以でもありますが、Figure 1の通り脳卒中重症度(NIHSSスコア)は低値で、一般にtPA静注療法の適応になる方がほとんどおられません。

図 3.

 MPSSスコア別、覚知-病着時間別に実際に搬送されたら時のtPA静注施行率を見てみると(Figure 4)、MPSS=0ではtPA静注を受ける人はゼロ(静注しなくても回復できる軽症例)でスコアが上がるごとに施行率が上昇しますが、大切なことは覚知-病着時間が短いほどtPA静注施行率が高くなることです。すなわちMPSSスコアの値にかかわらず、脳卒中と判断されたら(MPSS≧1)1分でも早くtPA静注可能施設に搬送することが重要であると考えられます。

図4

搬送後にtPA静注を受けたか否かに関連する因子を多変量ロジスティック解析で検討すると、MPSSスコアが高いほど(MPSS=1を基準としたとき、MPSSS=3、4、5のオッズ比は、各々3.333倍、5.625倍、9.808倍)、また覚知-病着時間が短いほどtPA静注を受けやすいことが明らかとなりました。